2015年1月8日木曜日

ドラマ「わが家」

今年の4日に放映された新春ドラマ特別企画「わが家」を録画していましたので、昨日妻と見ました。
バラバラになった家族の絆を取り戻すというヒューマンな映画で、見ていて心が清くホットになりますので、この手の映画は私は大好きです。
永年夫婦を続けていると別れてしまいたいと思うことは幾度かあります。
子供は親の心情に関係なく、親が一番だすから別れて欲しくないと思っています。
昔は女性が自立できる経済的事情が整っていなかった。また世間体ということもあり、子供が愛おしいと思う気持ちも相まって我慢辛抱をする女性が多かったのです。
最近は自立出来る経済的環境も整っていますので、子供を愛おしいと思っていても、自分の人生を優先させて離婚する人も増えています。
西欧諸国では子供の気持ちよりも、親の気持ちの方を優先させるという人生選択が定着しているようですが、それの方が真っ当な生き方の気がします。
 人生は一度限り、自分のために勉強をし、自分の為に仕事をし、自分の為に恋愛をし結婚をして子供を設けるのです。
 環境も異なっている、性格も違っている男女が一緒になるのですから、我慢、辛抱をしなくても済む生活出来る環境が整っていれば離婚率が高まるのは当然の理屈です。これから益々離婚率が高くなるでしょう。
それは当然の理屈ですが、自分が可愛ければ人の為に貢献できる自分になるというとも深い理屈です。
自分の気持ちよりも、他者のために尽くす。そういうゆとりのある考えのできない人は、自分を幸せには出来ないことも事実です。

2015年1月6日火曜日

かもめ食堂

年末からお正月に炬燵でゆっくりと見ようと思い何本か映画を録画していました。
昨日梅田の北新地のママの着付けが終わってから、帰って妻と録画していた映画を見ました。
どんな内容かも分らず何本か録画していたその中から、一番穏やかそうな内容ではないかと思うものを選んでみました。それが監督荻上直子、サチエ(小林聡美)、ミドリ(片桐はいり)、マサコ(もたいまさこ)のトリプル主演の「かもめ食堂}でした。
ヘルシンキで小さな食堂を営んでいる。そこにミドリが手伝うようになり、そしてマサコが手伝うようになる。
最初は全く客の来ない食堂が次第に繁盛していく。サチエの過去は明かされないが心優しい前向きな人で、その人間性に引かれて友人となったミドリと、マサコとも仲良くなり、温かい客との輪も広がっていく。
そこには恋愛も描かれない、衝撃的な出来事も描かれていないが、見ていて心温まる素敵な映画でした。淡々とした無常感が描かれているだけ。
歳を取ると穏やかな内容でヒューマンな映画がいいですね。

2015年1月4日日曜日

初雪

ベランダからみた雪もち桜
綺麗だけど寒いので 雪化粧を楽しむゆとりなし

2015年1月3日土曜日

今年も巻きずし20本


子供たちがお正月には妻が作った巻きずしを食べなければ、お正月を迎えた気分にならないということで、子供たちがそれぞれに独立してからも、毎年巻きずしを作っています。
今年も2日に20本巻きました。
田舎巻きで玉子焼き、たくわん、ホウレンソウ、人参、ごぼう、椎茸、魚ウインナー、7種入れるのが定番になっています。

2015年1月2日金曜日

お正月二日

お盆は魂祭であり、お正月は神祭の意味合いが強い祭日であると親から教えられて育ちました。
昔は何処の家でも御台所に荒神さんがお祭りされていましたので、先ずは荒神さんにお供えして、そして手を合わせました。そして近くの氏神様にお詣りをして、帰ってから家族で祝い膳をいただいて、その席でお年玉をもらうというのがお正月の我が家の慣例でした。
 お正月にはゆっくりと寛いで英気を養う。その為には保存食と言われているお煮しめを大晦日までにつくる。
でもそのお煮しめの彩をみつめれば土と水と太陽の恵みばかりです。
色とりどりの自然の恵みを神様に感謝しつつ、神様とご一緒に頂くのが祝い膳だと思っています。
最近は元旦からコンビニやスーパーが営業していますので、食べることには困りませんので、お正月用の祝い料理は作らないという人がいますが、それは神仏に対する感謝の念が薄れて来ている現象です。
神仏に感謝する気持ちが薄れると幸せも薄れると思いますので、毎年ささやかですが作っています。
写真は今年の我が家の祝い膳です。
 暖房をしますので重箱では日持ちがしませんので、タッパーに入れておいて、頂く時に写真のようにして頂いています。

2015年1月1日木曜日

謹賀新年


成田山別院明王院門前で若者たちが主になって新年を迎えるカウントダウンが行われました。その輪に加えて頂き新年の参拝をしてまいりました。

思い出が ふえるうれしき 春迎え

新しい春の訪れです。
皆様にはご健康でご活躍されますことを祈念いたしております。

2014年12月17日水曜日

選挙を終えて思うこと

秋バラ 北山植物園


私たちの子供の頃は、親も私たち子供も病院に行ったことがありません。
今は医療が進歩し、食生活も栄養価の高い物を何時も頂けるようになって平均寿命も延びました。
今は肥満で病気になる人が増えました。整形外科などは老人たちの社交の場になっています。
膝が痛い、腰が痛いと言っても外科的治療が必要でない人は、電気治療などをしていても根本的解決にならないのではないでしょうか。
筋力をつける運動、筋を伸ばし柔軟にするストレッチ運動が必要です。健康に対する国民の意識を変える政策が必要でしょう。
認知症になれば人間ではなくなります。識別が出来ないのです。家族の顔も分らない、自分が何をやっているかもわからないのですから、私はそうなれば早く逝かせて欲しいと妻に言っています。
識別が出来る段階で本人の意思と、家族の同意が得られれば逝かせてやってもいいのではないでしょうか。
末期癌でもそうです。家族の者が見るに見かねてもう逝かせてやって欲しいと言うくらいに苦しみます。
苦しんでも一過性のことで治るのであればいいのですが治らないのです。これも本人の意思と家族の同意があれば逝かせてやればいいのです。
膨大化する医療費も現実的に踏み込んで行けば、国民の意識も変わり、無駄もなくなるのではないでしょうか。
 命や健康に関することは聖域で触れられないというのではなく、もっと突っ込んで改革することは多いと思います。
保険料、治療費の値上げ、取ることばかりを考えないで、どうすれば減らせるかを考える政策を行ってほしいですね。