2014年7月28日月曜日

幸せさがし-23

私は長年お稽古事に携わってきました。
昔はお稽古事といえば若いお嬢さん方が嫁入り修行の一つとして、お茶、お花、踊り、裁縫とお稽古したものですが、最近は嫁入り修行という概念はなくなり、本当のお金持ちのお嬢さんぐらいしか行っていません。
現在はお金持ちのお嬢さんでも社会経験を積むためにお稽古事よりも就職をする時代になりました。
就職をすればお給料を頂いている限りは義務と責任を背負わなければいけません。
若いから遊びたいでしょうからお稽古事どころではないというのが現実です。
 現在のお稽古事は若い人よりも、熟年層の方が多くなっています。
結婚に憧れていたものが、実際に結婚をしてみるとあっさりと夢や希望が打ち破られます。伴侶に希望を感じなくなって、女から母に情念を燃やして子供の育成に躍起となります。ところが子供は親に甘え、まつわりついて来るのは小学生までです。直ぐに精神的には親から巣立って外に喜楽を求めるようになります。
そういう時期は必ず来ます。そうなって自分自身を振り返ってみると、精神的支柱となるものは何もないのです。
 愛は愛されることよりも、愛することのできる対象者が存在することの方が、本来は大きな喜びなのですが、なかなかそうはおもわれません。一方通行でなく自分も必要とされ、愛されていることを感じ取りたいのです。それが子供の成長と共に感じられなくなっていく。そして子供の養育に没頭してきたために、修行する間もなかったので何の特技も技芸もない。
このままでは、まだまだ先の長い人生が虚しいものになってしまいます。そう思ってお稽古事を始められる人が多いのです。

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