2014年10月8日水曜日

幸せさがし-76

 形は心の表れといいますが、お稽古事に携わっていますと正にその通りだと思ってしまうことが多々あります。
例えば、約束が重複したとします、通常は先に約束を交わした方を優先に考えて、後からの約束は断ります。ところが後の方がより自分が楽しめると感じた場合は、後先関係なく自分がより楽しめる方を選択し、先の方は体よく断ります。
お稽古も重複して行っている人も少なくありません。着付の場合はお茶、お花のお稽古をしているので必要に迫られてお稽古を始める方も少なくありません。
そういう人は自分がより楽しめるのは着付のお稽古ではありません。着付は刺し身の妻のようなものですからお稽古に熱が入りませんので、今は着付だけという人と比較すれば上達は遅く成ります。
人の考えや思いは千差万別ですね。例えば、お茶のお稽古の為にという考え方はおかしいのですが、それに気づかず自分では正しいと感じている人は多いのです。
何に取り組んでも根本目的は心の潤い、自己の人生の充実のためなのです。全ては自身の人生の充実に繋がる手段の一つなのですから、分け隔てなく自分自身の為に頑張るのが、正しい考え方なのですが、そういう論理よりも好き嫌いの感情に振り回されている人もすくなくありません。
当初は全く考えていなかったのに、お稽古に来てから、「私もあの先生のように指導者になりたいな」と気持ちが変わっていく人は、先生の指導に対してすごく従順にお稽古しますので、物凄く早く上達します。正に形は心の表れです。
三つ子の魂百までと言われているように、既に出来上がっている性格を変えるなんてことは出来ません。
それは無理ですが、良い刺激を与えることは出来ます。そして良い刺激を受けた人だけが上手といえる段階まで上達することが事実ですから、指導の責任も重大なのです。

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